
――深夜2時、寝室のドアの向こうから。
『カリ……カリ……』
爪で木材を引っ掻く乾いた音と、悲痛な鳴き声が響きます。

布団の中で耳を塞ぐ。
枕を頭に押し当てても、その音は脳に直接響いてくる。
罪悪感で、胃のあたりがキリキリと痛む。
「開けてあげたい」。でも、「開けたらまた眠れない」。
その葛藤で、動悸が早まるのが分かります。

「……ごめんね。ごめんね。私が悪いんだよね。一緒に寝てあげられないなんて、最低な飼い主だよね……。」

「へえ、殊勝な心がけじゃん。なら開けろよ。今すぐドア開けて、あのフワフワを抱きしめてやれよ。……ま、明日も仕事中に居眠りして、ミス連発する未来が見えるけどな。」

「っ……! それは困る。もう限界なの。睡眠不足で、昨日はあの子のこと、可愛いと思えなかった。」

「だろ? 『うるさい』『あっち行って』って本気で思ったくせに。可哀想ぶってんじゃねーよ。お前が寝たいだけだろ?」
「締め出し=虐待」という誤った罪悪感
検索窓に『猫 寝室』と打てば、サジェストには「入れない 可哀想」「無視 嫌われる」という呪いの言葉が並びます。
真面目なあなたは、それを見てまた自分を責める。
「空間を共有すること」こそが、愛の証明だと信じているからです。
ですが、あえて言います。
飼い主が睡眠不足で倒れれば、誰が猫のご飯を用意するのですか?

「獣医学および動物行動学の観点から申し上げますと、『飼い主のメンタルヘルス』は『猫の生存』に直結する最重要インフラです。睡眠不足による判断力の低下は、猫への虐待リスクを有意に高めるというデータもあります。」
【睡眠不足が招く「共倒れ」のシナリオ】
- ⚠️ 判断力の低下: 誤飲や脱走などの事故に気づけない。
- ⚠️ 感情制御不能: 鳴き声に対して突発的な怒り(怒鳴る・叩く)を感じる。
- ⚠️ 世話の放棄: トイレ掃除や遊びがおろそかになり、猫がストレスを溜める。

「それは……分かります。でも、ドアの向こうで鳴かれると、私が彼を拒絶してるみたいで……胸が張り裂けそうで。」

「バーカ。それ、『分離不安』って言うんだぜ? 猫じゃなくて、お前のがな。依存してんのはどっちだよ。」
実は「添い寝」は猫にとってもストレスである
ここで、あなたの罪悪感を消し去る「意外な事実」をお伝えします。
一緒に寝ることは、猫にとって最高の幸せ――。
実はこれ、人間の勝手な思い込みかもしれません。
猫宮先生
「猫の睡眠サイクルを分析すると、人間との同衾(どうきん)が必ずしもメリットだけではないことが分かります。動物行動学の基礎資料に基づき、両者の睡眠特性を比較してみましょう。」

【人間 vs 猫:睡眠リズムの致命的なズレ】
| 項目 | 人間(Human) | 猫(Cat) | 添い寝のリスク |
|---|---|---|---|
| 活動時間 | 昼行性 | 薄明薄暮性 (明け方・夕暮れ) | 人間が寝る時間は、猫の「狩り」の時間。 |
| 睡眠深度 | まとめて深く眠る | 多相性睡眠 (浅い眠りを繰り返す) | ちょっとした音や動きで覚醒してしまう。 |
| 寝返り | 平均20回 / 晩 | ほぼ動かない | 人間が「動く岩」となり、猫の熟睡を阻害する。 |
猫にとって、あなたの隣は「安眠できるベッド」ではなく、「いつ岩(あなたの体)が降ってくるか分からない工事現場」なのです。

「……あのさ、ご主人。言いにくいんだけど。
ご主人が動くたびに、ボクも目が覚めちゃうんだ。
実はボクも、朝起きたときなんとなくダルいんだよね。」

「えっ……? 私が、タマの睡眠を邪魔してたの? 幸せそうに喉を鳴らしてると思ってたのに。」

「猫は気遣いの生き物だからな。お前の自己満足に付き合ってやってたんだよ。ありがたく思え。」
罪悪感を消す「完全ゾーニング」の技術
「締め出す」と考えるから辛いのです。
「夜間専用のスイートルームを用意する」と考えてください。
ただし、注意点が一つだけあります。
中途半端な優しさは、残酷な毒になります。

「行動心理学に『間欠強化(かんけつきょうか)』という用語があります。『鳴いても無駄』なら諦めますが、『たまに開けてもらえる』と、行動(夜泣き)は爆発的に強化され、執着します。パチンコがやめられないのと同じ原理です。」

【互いの安眠を守る「鉄の掟」3ステップ】
1. 環境を整える(スイートルーム化)
冬場は20〜23度前後の室温を維持し、新鮮な水と、安心できるベッド(隠れ家)を用意します。
2. 儀式を行う(ルーティン)
就寝15分前に激しく遊ぶ(狩り)→ ご飯(満腹)→ 消灯。
「おやすみ」の言葉とともにドアを閉めます。
3. 反応しない(無視の徹底)
どれだけ鳴いても、ドアをカリカリしても、絶対に開けないでください。
反応(声をかける、覗く)した時点で、猫の勝利(学習)となります。

「無視し続けるなんて……そんな冷たいこと、私にできるかな。」

「やるんだよ。一回でも折れたら、今までの苦労は全部パーだ。耳栓しろ。布団かぶれ。心を鬼にするんじゃない、心を『無』にするんだ。」
距離が、愛を「依存」から「信頼」に変える
夜、離れることは、愛が冷めた証拠ではありません。
むしろ、「離れていても大丈夫」という信頼関係の証です。
ずっと一緒でなければ不安な関係は、いつか互いを縛り付けます。
夜はそれぞれの城で、泥のように眠る。
そして朝、ドアを開けた瞬間に、最高の笑顔で「おはよう」と言い合う。
そのメリハリこそが、10年、20年と続く長い共同生活を支えるのです。

「夜ひとりで寝るのは、最初はちょっと寂しいけど、慣れれば快適だよ。
だって、誰もボクのしっぽを踏まないし、広々と伸びができるもん。
その代わりさ、朝になったらたくさん撫でてよね。」

「……そっか。タマも、ひとりの時間が欲しかったんだね。
私、自分の寂しさを押し付けてただけなのかも。」
朝、笑顔で「おはよう」と言うために
別室睡眠は、決して虐待ではありません。
それは、種族の違う二人が、一つ屋根の下で幸せに暮らすための「高度なリスク管理」です。
今夜からは、勇気を持ってドアを閉めてください。
その扉は、二人を隔てる壁ではなく、それぞれの安眠を守る「盾」なのですから。


「ま、しっかり寝て、明日の朝スッキリした顔で猫缶開けてやれよ。
ゾンビみたいな顔で抱きつかれるより、そっちの方が猫も嬉しいに決まってんだろ?」

「うん……。今日は耳栓をして寝るね。
おやすみ、タマ。また明日、笑顔で会おうね。」

「まずは、寝室のドアを閉める前に、猫のための『夜の居場所』を整えてあげましょう。
もし、それでも罪悪感が消えない、あるいは夜泣きが酷すぎて眠れないという場合は、
親記事で紹介している『物理的な解決策』も併せて検討してみてください。」
【別室睡眠を成功させる「三種の神器」】
- あたたかいドーム型ベッド: 母猫のお腹のような安心感を与える(寒さ対策)。
- ひとり遊び用おもちゃ: 退屈しのぎができる安全なボールなど。
- 遮光カーテン(寝室側): 早朝の光による猫の覚醒(鳴き声)を防ぐ。

【この記事の信頼性について】
- 監修・出典: 動物行動学に基づく睡眠サイクル比較(薄明薄暮性・多相性睡眠)、環境省「飼養管理基準」
- 参考理論: 間欠強化(Intermittent Reinforcement)における消去バースト対策
- 著者: Canon編集部(愛玩動物飼養管理士 2級)
【編集長の本音(Noir Voice)】
「猫と一緒に寝るのが夢でした」。その気持ちは痛いほど分かる。 でも、現実は甘くない。猫の運動会で起こされ、睡眠不足で仕事に支障が出れば、可愛い猫が「憎い対象」に見えてくる瞬間がある。 それは誰も幸せにしない。 「別々に寝る」という決断は、愛が足りないんじゃなくて、愛を守るための「英断」。 堂々とドアを閉める。そして、朝起きたら死ぬほど愛してやればいい。


